01 任務の無い朝

 朝に滅法弱く見られがちだが、軍人がそんなもので務まるか、というのがライカの言い分だ。
定時にきっかりと目を醒ます彼を横目に、サーチマンは黙々とデータの処理をしていた。
電脳世界は確かに不夜世界だが、ナビにも勿論自身を管理するための休憩は必要だ。
 そしてどうやらそのバックアップの時間帯に来ていたらしい軍部からのメールが一通。

「ライカ様、連絡が入っています。」

「内容は。」

「アジーナで行われたネットバトル大会ににて、オペレーターによるナビの破壊が行われた模様。」

 陸続きのアジーナで起きた事件だと言うことにライカは微かに眉を潜めた。

「理由は?」

「ナビの暴走が原因だとされていますが詳細は不明です。わざわざ破壊される程の
被害が起きていたのかも現時点でははっきりしていません。上からは各自ナビに注意を払い、
PETにプラグアウトさせておくように命令が出ています。」

「そうか。」

 ライカはしばらく口を噤んでいたが、やがて辺りをはばかるかのような声音でココロネットワークかと
問いただした。電磁波を通して人の精神や感情の根元部分に作用するシステム…数カ月前、
そのシステムがネビュラによって悪用されたことはまだ記憶に新しい。メインサーバーの破壊により
その問題は事なきを得た筈だったが、原因不明の暴走と言う言葉を聞いたライカがどうしてもそれを
連想してしまうのは無理もないことだろう…彼自身もまたその電磁波に洗礼を受けた人間のうちの一人だからだ。

「上としてもまだそこまでは掴めていないようです。
…あまり大げさな調査をするわけにもいかないでしょう…ニホン側との契約がある以上は。」

 サーチマンの返事にライカの表情が変わることはなかったが、内心むっとしたということは長年彼を見ている
サーチマンにはあっさり判断できた。ココロネットワークの地場を中和するマグネメタルは、今の所ニホン領海内のある島
でしか産出されていず、その価値は極めて高い。ココロネットワークという強力な兵器にもなりかねないマシンを、
預かり知らなかった事とは言え国内に持っていたということが公表されれば全世界からの誹謗は免れないし
悪用されかねないとニホン政府と科学省はまず各国首脳にその事実を説明し、マグネメタルの提供を条件に
箝口令を布いた。
 シャーロでもその事実を知っているのはほんの一握り…軍や政府の頂点にいる人間と、それからライカだけだ。

 軍人にしては珍しく、文字どおりの意味で愛国心が強く、国全般に誇りを持っているライカとしては
どうやらそれが気に食わない…いや、どうしようもなく腹立たしいらしい。国民を危険に晒すのか、
と首相に食ってかかりたい気持ちもあるだろうが金属そのものの量が少ない以上は無意味に混乱を大きくしても
しかたないという考え方もなまじ軍人だから理解してしまう。パニックになった大勢の人間がマグネメタルを求めて
ニホンに流れ込んだら、それこそ国際問題に発展しかねない。更にニホン側の対応…マグネメタルに変わる物質の
研究の本拠地は科学省、つまりニホンであることもどうやら気に入らないらしい。その包括的すぎてかえってまとまらない
ことが多い思考と、自国への過信が彼の若さだ、とサーチマンは思う。後何年かすれば変わってしまう物の見方だろう…
そう考えるとほんの少し自身を構成するデータの流れが揺らいだような気がした。最もこれより酷い揺らぎを経験するのは
戦場ではしょっちゅうだったので、特に気に留めることはないだろうと彼は再び主人に目を戻す。

「ココロネットワークなら…」

 ライカは言いさしたがすぐに口を噤んだ。

「どうかいたしましたか?」

「いや…」

 返事は返したもののその意識はどこかに漂っている。彼らしくもなく物思いに耽っているようだったが、
ふとサーチマンをじっと見遣る。主の考えていることは全く判らないのには慣れているので何も言わなかった。
この国が粋を集め、威信を懸けて作り上げた…その環境は育てたというには厳しすぎる…軍務の天才児、それがライカだ。
そのナビであることは軍人としては名誉なことなのだろうが、彼はそんな主を頼もしく思ってはいても何か違和感を感じずには
居られなかった。だがその理由を延べよと命じられても答えることはできない。

 こんな違和感は軍用ナビである以上必要ないとは判っている…絶対服従でなければ軍人たる意味は無い…
自分が今こうあるのは、意識のない木偶人形では役に立たないからだということは良く知っている。ましてや主に意見を持つなど。
 その主は、染めても居ないのに鮮やかな流氷の色をした髪をさらりと揺らして言った。

 

「サーチマン。」

「はい。」

「不完全だな。」

 

 だが今不完全だと言われると、何に対しての言葉だかは酷く弁明したくなる部分がどこかにある。
そこまで強い感情ではなかったので黙っていると、ライカはふうっと小さく息を吐いてパソコンの前に座り、
衛星経由でアジーナのニュースを番組を開いた。勿論その事件でもちきりだが、彼の必要とするような情報は
流れてきそうにはない。

「…光とロックマンにメールを送ってくれ。アレが関係しているのか。
もし任務が下りた場合でも、相手が判っているかいないかで随分対応は変わってくる。」

 ココロネットワークという意見に固執しているきらいはあるが確かに彼の言う通りだとすれば
部下達は足手まといにしかならないとサーチマンは頷く。

 ネビュラグレイ討伐の際に科学省はブルースを筆頭とする討伐チーム全員にマグネメタルを提供していた。
つまりそれは、シャーロで同様の事件が起きた場合に対応できるのはライカとサーチマンの一組だけということを
意味している。

(だが、もしも、全く違う何かだったら…?)

 画面を見つめながらライカはぼんやりとそんなことを考えた。
 ダークロイドと渡り合ってきたサーチマンの実力はやはり相当なものであると自負しているが、ネットワークに
取り込まれた時の自分達が如何にたやすく踊らされていたかは覚えている。

 もしあの時ロックマンがサーバーを止めなかったら、もしかしたら自分達は今此処にいないかもしれない…。
 不確定要素を一つでも減らしたいと思いながら、彼はまだ現場状況を伝えていたニュース番組を切った。

 

 

02 熱斗の憂鬱

  同日、ニホン、デンサンシティ。

 

  ぐったりとフェンスにもたれ掛かりながら熱斗がつまらなそうな表情で試合を観戦しながら呟く。

 「あーあー…何で俺は参加しちゃいけないんだよ。なーロックマン…それってフェアじゃないよな。」

  彼の目線の先では少々柄の悪そうなナビがロールと試合を開始しようとしているところだった。
 試合を控えたメイルに来てねと言われてやってきた時までは彼はこれほどつまらなさそうではなかったはずで、
 寧ろ世界大会であるレッドサントーナメント優勝者だから仕方がないなぁなどと照れていた程だったのだが、
 いざ目の前で試合となるとどうやら勝手は違うらしい。応援にも今一熱がこもってはいず、時々むくれていたりもする。

 「しかたないよ熱斗君。この間出たときと今とでは、随分状況が違うんだから。
 世界リーグのチャンピオンが出ちゃったら試合にならないでしょ?」

 「あーあー…優勝なんてするもんじゃなかったなー。」

 「熱斗君!」

  とんでも無いことを言い出す熱斗にロックはぎょっとしたように返すが熱斗はからからと笑って手を振った。

 「じょーだんだよ!俺が優勝しなかったら今ごろ俺はここにいなかっただろうし。」

 「全く…」

  頭を抱えてロックは嘆息し、そして電脳世界に送られてくる試合の映像を眺める。プラグインされない限り彼が
 見る世界はカメラから来るものかもしくはナビ用に背信される映像かだ。威勢の良いかけ声と共に相手が地面に手を
 叩きつけるや否や先の尖った丸太が次々と地面から顔を出した。

  ウッディタワー…木属性の汎用的なナビに組み込まれているチップの一つで結構当たれば痛いものだが、ロールには当たらない。
 持ち前の素早さと身軽さを生かしたかなり高さのある…8メートル以上は軽く飛んだだろうか…ジャンプでそれをかわしながら、
 彼女は空中で体を捻り、腕を地上の相手に向けた。瞬間的にその部分のプログラムが弓の弦に変化して、放たれた矢が
 相手めがけて飛んでいく。それは相手のすぐ足元に突き刺さった。

 「あなた、女の子だからってバカにしてない?」

  メイルが少しむっとしたような表情で相手に尋ねると、ロールも似たようなことを思っていたのか頷いた。

 「ウッディタワーだけで避けられないと思ってるようだったら、随分甘いわよ!」

 「しっかしなぁ…」

  その言葉に対戦相手はぽりぽりと頭を掻く。画面の中のナビ二体を比べるとどうしても自分が悪者のような気がしてきて
 仕方がないようなデザインの差がどうしても強力なチップを使う判断を鈍らせる。
 大方の良心的な対戦相手の手を止めるような外見が効果を狙ったものなのかは彼には判らないがどちらにせよ
 やりづらい相手ではあった。だが初戦敗退の汚名を被るわけにはいかないと彼は表情を引き締め、蟻地獄とロングソードを送った。

  地面に着地した瞬間、渦巻く砂に足を取られてロールは見事に転倒する。

  そこへロングソードが唸りをあげて突きかかってきた。

 「バリア!」

  メイルも負けじと声を張り上げ、防御用のチップを転送する。振り下ろされた刃は音を立ててロールの周りに張り巡らされた電子の膜と
 反応し、消失した次の瞬間、同時に送られてきたチップ、スライムが上からぼとぼと降ってきて彼を襲う。
  スライム…これこそ「当たるはずがない」チップの代表格のようなもので。効果と言えば上から落ちてくるだけ、当たれば相手の動きが
 ジェルのせいで遅くなるが殆ど当たるような奴がいないという何とも言い難いものだった。同じ落ちてくるシリーズではアースクエイクが
 そうだが、それは落ちてくる速度も遙かに早いし爆風から逃げきるのはなかなか難しいのでまだ使い勝手はあるのだが…。

 「うわぁおっっ!!」

 「砂だらけ…」

  当然それを食らった相手の精神的ダメージはかなり大きい。慌てた声を上げた相手は潰されたままぴくりとも動かない。
 スライム達は落ちてきた瞬間にただのジェルと化し彼にまとわりついていた。

  それを他所にロールは困ったように呟いて身体に纏わりついた蟻地獄の砂を払い落とす。ブーツやタイツならともかく、
 細かいプリーツが入ったスカートに挟まった砂は取れづらくて性質が悪い。後で直そうととりあえず手で払って相手の様子を伺うが…
 やはり、相手は動こうとしない。
  

「死んじゃった…のかしら…?」

「そうだったらデリートって表示されるはずなんだけど…」

用心深くロールは呟き、様子を見るべく彼に近寄る。