an entertainment district 3

 

 ねえ、じゃあキスして頂戴。

 

 

 それは翌日の事だった。
 出張先から帰ってくる途中、少女は見知った青年が怪しげな男と何やら話し込んでいるのを見る。
 週末は翌日だったが、血が凍るような恐怖を覚えた。
「どうした?」
「降ろして下さい…急な」
 言いあぐねて視線をさまよわせる。嘘は得意ではなかった。
「急、な、用事が…」
 隣に座っていた男は、それを見て苦笑した。
「……いいよ。何か急な用事だということにしておこう。…日暮れ前には帰りなさい。」
「はい。」
 車が止まり、転ぶようにして彼女は道へと出て青年の姿を求めるが、もうその姿は、その場所には無い。
 疑惑が胸の中で渦巻いて、まるでゴム製の鞠のようにばちんと弾けてしまいそうになる。…心も、身体も。
 塗ってもいないのに珊瑚色の唇を噛み締め、少女は決然と走り出した。

 

 あの人、誰なの??

 

 ねえ。

 誰なの?

 

 

 

 

「…おい、また飲んでるのか?」
「酒じゃ酔えないんだ。」
 青年は投げやりに呟いて、紙袋をぐしゃりと握りつぶす。
「……。でも、幾ら何でも。」
 言いかけた男を制すように、彼はうっすらと笑ってみせた。大の男が思わず背筋を凍らせてしまう程の、
諦めを覗き込んだ者だけが持つ昏い色の妖艶とさえ言える笑み。
「…これで酔うしか、ないだろ。」
「やめろよっ!」
 青年に薬を与えたのは自分だ…ここまできて、やっとその恐怖が芽生え、男は叫ぶ。
 一瞬の誘惑の代償は、友人の喪失かもしれない。
 …自分が彼を殺すかもしれないのだ。
 醜い嫉妬で。
 慌てて肩を掴んだ手は、思いもよらない強さで払われた。薬漬けの身体にコレほどの力が残るのかと、別の意味で戦慄する。
「やめろ…?お前にそんなことが、言えると思ってるのか?」
 紅い瞳。
 少々顔色は悪くやつれてもいるが、その瞳だけは底冷えする強さで男を見上げている。
 その強さだけが、青年が青年である証、とでも言えそうな程に。一切の妥協を許さない力があった。
「…………それは。」
 男が気おされるように口篭もる。
 青年が全身に気迫を漲らせ、しっかりと立ち上がった。
 その瞬間に感じたのは、純粋な嫌悪感。
 長い間付き合ってきた仲間のはずなのに、男はその時青年を怖いと思った。…では何だと思ったのだろう…それも上手く
言葉に出来そうに無い。
 瞬間的に思ったこと――逃げなければ。
 その予感は当った。青年が男の襟首を掴む。

 その瞬間、ドアが開いた。

 青年の瞳が驚愕に見開かれる。
 そこにいる筈も無い人間が、立っていた。
「…お、前……」
 呆然と、彼はドアの影に立つ少女を見つめて呟いた。まるで幽霊でも見たような表情で。
 先日踏みにじった存在が、どうして今自分の目の前に居るのだろう。
 赦された?
 そんな訳は無い。
 それは愚かな願いだ。
 だったらコレは…幻覚、なのだろうか。
 自分の願いが生み出した幻か。
 幻ならそれも悪くない、と自嘲気味に彼が思ったとき、少女がつかつかと歩み寄って来た。
 そしてやにわに、隣に置いてあった紙袋を取り上げる。
「…。」
 泣きそうな表情だった。
「……」
 虫が良すぎる夢だ…。そう思うしか無いくらいに、現実離れした現実が目の前に立って手を伸ばしていた。
「…飲んだの?」
 呆然とする青年の代わりに、男が彼女に向かって応える。
「しかも、かなりの量だ…。」
「どうして…?」
 私の所為なの、と聞きながら、少女は彼の手を握った。
 その少し冷たい手に、やっとこれは現実だと、駄々を捏ねていた意識がクリアになって来て、彼は
震える声で呟いた。
「俺。」

 

 好きだ。
 

 守りたい。その筈なのに。

「…どうしたら良いか、判んなかった…。」

 結局、傷つけた。
 まさか、自分を守るために居たのに返す刃で傷つけられるとは思っていないかっだろう、彼女に。

 返す刃で深い傷を。

 

 だから、自分も苦しむべきだと。

 

「だから、苦しまなきゃいけねーんだと思っ、た。」
「…馬鹿。」
 泣きそうな表情を浮かべる青年に、少女は小さく微笑んで言った。
 馬鹿、と言っていたが、それは暗黙のうちに赦すと告げていて、いつの間にかア彼は唇を噛み締めて俯いていた。
「…おかしいんだよ俺。」
「どうして?」
「好きだから、守らなくちゃいけない。と思ってた。」
「うん…」
「だけど、繋がらなきゃ判らないとも思ってるんだ。」
「……続けて。」
 相槌を打つように、彼女は青年を見上げる。彼の思考を理解しようと思っているのがよく判った。
「…判りたいから、もっと話して。」
「絶対俺は、愛してるなんて言いたくなかったんだ。…あの言葉は、もう、汚い。」
 

 それは、彼女も良く知っている事だった。
 愛している、という言葉がどれ程安く金銭と交換されているか二人は…いや歓楽街に住む者達は知っている。
 あれは物だ。
 あの言葉は、物だ。元手はプライドだけ。

「……そうね。」

「……あの時。」
「?」
「愛してるっていえば傷つかなかったか?」
 繋がれば伝わる筈の想い。
「いいえ。」
 聖母のような微笑で彼女は首を振った。
「いいのよ。私は傷ついてなんか居ないわ。」
「嫌だ、って…。」
「…確かに、嫌だって言ったわ。でも理由はあなたが考えているようなものじゃない。」
「え?」
「あなたが思ってるより、私は綺麗な生き物じゃないのよ。」
 自分の周りの男たちが、彼女をどう見るか…どのような形の彼女を望むのかを少女は良く知っていた。
 弱くて脆くて綺麗で、逆らわない人形。
 外見と良く似た本質は逆らわず、少女は彼らに夢を売り続けてきた。身体以上に彼女の売る夢は価値がある、と
言い聞かせられて。
 それは青年も同じ。
 行為を好まない高潔な聖女像を押し付けていただけに過ぎない、と彼女は示唆している。
「思っているより、きっとしたたかよ。」
 それでも、そう言って微笑む少女の笑みは聖女そのものだった。
 総てを赦された、と思ってしまう。
 総てを赦した、と思わされてしまう。


 
「でも、俺はお前を無視した。…それは赦せる事じゃない。」
 青年は最後の足掻きを見せた。
「さっきも言ったでしょ?理由があるって。」
「理由?」
 知りたかったら…少女が穏やかに言った言葉に、その足掻きはあっさりと打ち砕かれた。

ねえ、じゃあキスして頂戴。

「アホ…」
 今度は青年が苦笑する番だった。いや苦笑というよりは泣き笑いに近いかもしれない。
 おずおずと、手練れな普段からは考えられない程ぎこちない動作で、そっと唇を重ねた。 


 女は強い…ふとそんな、誰かの言葉を思い出す。
 彼女は脆いけれど、例には漏れて居なかった。

 

 

 

「…そういえば、何が嫌だったんだ…?」
数日後、彼は思い出したように問い掛けると、彼女は応えた。

 夢が壊れた貴方が、去っていくかもしれないと思ったからよ…
 私も、貴方を失うのが怖かったんだわ…と。

 

意味不明に完結。

 

 

あとがき。
訳わかんねぇ。
30キロバイト程使ってよく判らないものを生み出した自分って一体…??
一応完結してるつもりなんですが。しんどくてはしょったから(おばあちゃん言語)皆様には意味不明かな。
そのうち書き足したいな〜と思いつつ、永遠に手をつけないほうに一票。
ちなみに。「嫌だ」といった理由。
抱いたら夢が壊れて離れて行くのかと。怖かった。
ま、お人形はね。女になっちゃいけませんよねといういたって真面目な理由ですが、
実はこれ、最後はギャグで締めようかと思ってました。(大笑)
理由、ええ。全く下らないんですけど。実はその事件、お客さんを取った直ぐ後という設定だったんですね。
「他の男の直後だから嫌だ。」
これをもうちょい露骨な台詞で言わせるツモリでした。
…想像つきますね?(笑)
あまりにもイメージが壊れるのでソフトにまとめましたが。十分内容がアハハなので。楽しすぎ。

いや、それにしてもロールの強いこと強いこと…
本家の彼女がもし人間で、もし強姦なんかされたらその次太陽を拝む前に飛び降りてしまうでしょうが。
こっちは「キスして頂戴」ですからね。(爆笑)
やっぱり成長するんでしょう。
フォルテも人の痛みを想像できる人間になりましたし。うん良し!!!
ま、麻薬はやりすぎですが。…彼は奇跡的な回復力を持つ人造人間っていう設定なので大丈夫でしょう。
…多分。多分ね。