「The day before saint’s day それはつまり…今日だ!!」
 商店街の入り口に置かれたTVで流れるCMでは、仮装をした男性が得意げに笑って、そう言った。
「Happy Halloween!!」

 HWということで、この一日は電脳街もオレンジや紫などの華やかな色に彩られ、商店街ではハロウィーン気分を味わってもらおうと、
「お菓子集めイベント」なるものも企画されている。
 …が。
 あまりの参加希望者の多さに、回線の混雑がおきかねないと憂慮したオフィシャルによって、規制―つまりアクセスの制限が行われた。
参加者は、(飛び入りで入ってくる人数のことも考えて)時間ごとに3つのグループに区切られることになったのだ。
 カクトスマンがファイターマンたちと一緒に申し込んだグループは、運よく最後の時間帯であったのだが―今此処で、致命的な問題が発生していた。
入力証明となるパスワードが効かないのだ。かれこれ20分ほど試しているのだが、扉はうんともすんともいいそうにない。
「ど、どうしよう、ベルデ…」
 泣きそうになるカクトスマンに対し、ウィンドウに表示されている焦った表情のベルデは
『待ってろ!何とかしてやるから!!』
 と言いさして、(殆ど叫び声に近かったが)PETの前から飛び出した。制限を行っているオフィシャルセンターに連絡をとっているようだが、どうなるのか―
しゅんとしたままその場に座り込んでしまった彼に
「…あら?あなた、どうしたの?」
 不思議そうな声が掛けられた。どこかで聞いたような声にはっと顔を上げると、目の前には長いドレスを身に纏った女性が立っていた。艶のある黒と、深い臙脂
を基調とした服装は普段と意匠が全く違うが、見間違えようの無い顔に、あ、と思わず声が漏れる。顔を上げた瞬間、相手も彼が誰だか認識したのか目を見開いた。
「あら、カクトス君…久しぶり。」
「フォーチューンさんも!!」
 緊急状態であることには変わりなかったが、思わず見かけた知人の姿に、カクトスマンの顔がぱっとほころんだ。その様が余りにも嬉しそうだったので、
つられたようにフォーチューンの顔にも笑みが浮かぶ。
「その格好、ウィザードね?よく似合ってるわ。…でも、どうしてまだこんな所にいるの?」
「…それが…」
 口篭りながら説明されたことの一部始終に、「…成程ね。」と彼女は頷くと、「じゃぁ中に入りましょうか」と、何事もなかったかのように言ってのけた。
「え?入りましょうか??だって…どうやって??」
「あら、困っている一般市民を助けるのもオフィシャルの立派なお仕事じゃなくて?…はい。」
 思わず繰り返された問いに対し、本当に良いのか悪いのか判らない返答と共にランタンが手渡される。
「これが、裏口のパスワードの代わりだから…手放さないでね。さ、行きましょう。」

 

 華やかな世界の裏方は、だが恐ろしくごちゃごちゃとしたものだった。
 これだけの企画を打ち上げようというのだから、裏方では多少のミスが生じても仕方が無いと言えば仕方がないが、
ぬぅ、と何処からともなく伸びてきた真っ黒な手が、足首を掴むなど―ここは少々、お化け屋敷の様相を呈していた。

 

 お化け!と思わず叫んで飛び上がりそうになる彼に、「侵入者撃退プログラムだから…ランタンの光を当てれば大丈夫よ。」と冷静な指摘が飛ぶ。
そぉっとランタンを翳すと、確かに手は吃驚したかのように手はすすすっと後退していった。その様も矢張り不気味で、うーん…と思わず漏れた疑問の声に
「随分と…その、遊び心のあるプログラマーだったのかしら…ね。」
 と、フォーチューンもやや難しい表情で呟き、苦笑する。
 夕暮れのような薄い紫の空に掛かる黄色い蜘蛛の巣、ぼんやりとした光を放つジャック・オ・ランタン―そのけばけばしい光を、時折何かが遮るように通り
過ぎていくのに気を取られ、足元への注意をおろそかにした瞬間―むぎゅ、と、何かを踏んだような、嫌ぁな、感覚。
 恐る恐る下を見ると、それは縞模様の、何かだった。嫌な予感に動けずにいる彼の目の前で、それはすーっと動いていき…
「わわっ……??」
 思わず後じさるのと、フォーチューンがはっと顔を上げたのは略同時だった。二人の行く手を阻むように、ゆらゆらと揺れながら鎌首を擡げたのは―緑と黄色
の毒々しい島を持つ、蛇とも蚯蚓とも判別がつかないような怪物。
「ランタンの光を―」
「かざしてるヨっ!!」
 これも先ほどの手と同じかとランタンを必死でかざすが、そんなもの全く無視して、それは二人の方に突っ込んできた。
 体当たりが―覚悟して目を瞑った瞬間、ふわりと体が浮かぶような感覚があった。フォーチューンが咄嗟に自分を抱き上げて跳んでいたのだと、気付くまでに
少し時間が掛かったが―相手はまたこちらに狙いを定めていた。
「侵入者撃退プログラムだとは思うんだけど、無闇に破壊すると叱られちゃうから…逃げることにするわね。…肩に掴まっていて!」
「う、うん!!」
 重たげなドレスも重力も無視して、飛ぶ、というべきか、跳ぶ、というべきか―。二度目の体当たりも逆に飛び越すと、次の足場へ…お化け屋敷の次はまるで
ジェットコースターだった。しかも、これには安全バーもシートベルトも無く、掴まった手だけしか頼るものは無い。
「うぅ…ぐるぐるするよぅ…」
 フォーチューンさんは平気なのかなぁと、一瞬全く関係ないことを考えた瞬間に、ずるりと片手が滑った。
「!!!」
 思わず後に吹き飛ばされそうになるのを、後手にフォーチューンが支える。ちょうどおぶられるような形のまま、ぎゅっと目を瞑っていると、風を切る音に混じって時折
地面をはいずるような音や、か細い蝙蝠の羽ばたきなどが聞こえてきた。
 追われながら進む二人の目の前には、墓地が広がっていた。その中央には―鐘突き堂だろうか?尖塔が聳え立っている。上手くいくかどうかの確証は無かったが、
「防げれば僥倖」とフォーチューンはその塔の通路を駆け抜けた。何も考えず追ってくる蚯蚓の頭が通路から出たことを見計らって、もう一度、今度は逆に通路を駆け抜ける。
 自分の身体に行く手を阻まれ、やっと相手の動きは止まった。どうして自分が動けないのか判っていないかのように、何度も前に進もうとするのだが―勿論不可能であった。
表情こそないが、面食らっているような雰囲気のままその行動を繰り返す相手に、
「…ふぅ。後で解きに来ないと。」
 もう追ってくることはできないだろうと確信したのか、フォーチューンは足を止めてため息をつく。大丈夫?とその続きのように問いかけられ
「大丈夫なんだけど、ご、ごめんなさい…ランタン、落としちゃった…。」
 慌てて彼は答える。
「あら。まぁ…。でも、このまま歩いて行けば、きっと大丈夫よ。あの手は、地面に触れてる異質なナビにだけ反応していたみたいだし。」
「う、ううううん!!それはそうなんだけど!!…その僕、そんなに軽くないから…」
「…母親って生き物を甘く見ちゃダメよ。」
 ぱちり。何故か自信たっぷりにウインクしてみせ、フォーチューンはよいしょ、と声を上げながら、小さな身体を抱えなおした。
「で、でも…」
「大丈夫。アンティーは…もっと重かったから。」
「…え、あんなに小さいのに??」
「ええ…今はあの通りなんだけれど」
 昔は、もっともっと、重かったのよ。表情こそ見えなかったが、そう呟く声が何故か寂しげで、思わずカクトスマンはしゅんとした表情になってしまう。他人の感情に同調
できるのが彼の長所であるが…慰めの言葉すら思いつかないほど、その声の響きは哀切だった。
「……」
 悲しげな沈黙に自分の失言を悟ったのか、
「カクトス君…。…いいのよ。そんなに悲しまなくて。アンティエルドは小さいけどあの通りちゃんと生きているし、戻るあてだってあるんだから。」
 と彼女は慰めるように言う。
「え、戻れるの??」
 それを聞いたカクトスマンの表情が、ぱぁっと明るくなり、声にも瞬時にいつもの調子が戻ってきた。
「えぇ。…もうおんぶは出来ない重さになっているのでしょうけど。」
「えへへ、アンティー君が戻ってきたら、一緒に遊びに行きたいな!!」


 戻れたら来年のハロウィーンは一緒に行ってあげて頂戴とか、そんな話をしながらそのまましばらく歩き続けるとドアがあり―
「…あ。」
 その先は、ナビ達でごったがえし、活気に溢れた町並みだった。
「はい、到着。今からでも、一杯お菓子を貰って、遅れを取り戻さなきゃ…ね?」
「うん、まずはファイターマン達と合流…って…」
「「あ。」」
 本日一番の偶然に、一同は思わず絶句する。二人の前に立っていたのは、バスケットに一杯お菓子を抱えたファイターマン…その後にいるのは
ナイトメアーマンだろうか?仮装こそしているが、他にも何人か見知ったような顔がちらほらとある。あまりの幸運にぽかんとするカクトスマンの頭をぽんぽんと軽く撫でると、
「行ってらっしゃい。」とフォーチューンは扉に向き直った。
「そうだ、お菓子は、カクトスの分も貰ってきたよ!」
 ファイターマンがうきうきと言いながらバスケットの中を容赦なく移し変えていくが、
「え…まだ、お仕事なの???」
 やや気もそぞろ、といった体でカクトスマンは尋ねた。ドアを潜りながら答える彼女に、
「…えぇ。まだ、入れない人がいるかもしれないでしょう?さっきのプログラムも、解いてあげなきゃいけないし。」
「えと、じゃぁ、これ…」
 慌ててカクトスマンはバスケットの中を漁ると、大きなロリポップをひとつ取り出して手渡す。
「お仕事、頑張って!これは退屈したときにでも食べてヨ!」
「ありがとう、頂くわ。…それじゃぁ…皆様、Happy Halloween」
 にこっと微笑んだフォーチューンは、まるで気障ったらしい吸血鬼がするように芝居がかった仕草で礼をしてみせた―ぱたんとドアが閉まり、その姿
は一瞬で視界から掻き消え、そして、奇妙な旅は終わりを告げたのである。

 

『カァァァクトスマァァァン!!!!!!パスワード貰ってきたぞぉぉぉっ!!!!!!』
 電脳世界中に響き渡るのではないかと言うベルデの絶叫が響いたのは、カクトスマンがファイターマン達と合流したその少し後だった。余程必死になっていたのだろう…
パスワードが書かれた紙はくしゃくしゃに握りつぶされ、本人もぜぇぜぇと息を切らせている。
「あ、ベル兄、もう大丈夫だヨー?」
『そう、これで大丈夫…って、何だって??入れた??』
「うん。ほら、ファイターマンたちもここにいるよ?」
『あ、ホントだ。え、でも…何で…??』
 何が起こったか説明して欲しいとでも言うように目をぱちくりさせるベルデに向かって帰されたのは、嬉しそうな言葉だった。


「…だって、ハローウィーンでしょ?詳しくは、また説明するね、ベル兄!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、11月1日。
 腰痛に効くリカバリーはないかしら?とメディカルセンターを訪れたナビがいたとか、いなかったとか。

 腰痛なんてナビにあるかどうかは不明なので、 それはあくまで、 噂である。