人を愛することは大切でしょう―。
 でも―自分を、きちんと愛してあげることもまた―自分を愛してくれる人たちのために、大事なこと。


『ウラインターネット ニ アナタノ カゲ ガ イル―』
 そんな、差出人不詳のメールが届いたのは昨日の夜。いてもたってもいられず、オペレーターの雪和の了承を得ずに飛び出して
きたことを後悔しだしたのは、何百体目かのウイルスをホワイトスピアで切り伏せた後だった。戦いによって鋭敏になった感覚が―
ウイルスとは比べ物にならないデータを持った「何か」―恐らくナビだろう―の接近を告げている。普段は穏やかな光を浮かべている
アメジストの瞳に緊張の色を浮かべ―、心持穂先を下げた姿勢で槍を構えると、セリアはじっと薄闇に目を凝らした。
(来る―?)
 じりじりと近寄ってくる重圧―。現れたのは、漆黒の甲冑を纏った巨大なナビだった。酷く傷ついているのか、その動きは緩慢で、
一歩一歩がひどく不安定に揺らめいている。その横に寄り添うようにして歩いているのは、セリアより少し年上に見える女性型ナビだ。
ウラインターネットの薄暗がりの中で、纏っている着物調のアーマーと、透けるような肌の白さが仄かに眩しい。
「あ…」
 セリアの姿を認めたのか、そのナビは一瞬困惑したような顔をして、騎士型のナビを見上げた。
 明らかに、セリアの出現に戸惑っているような表情―彼女の実力を見抜いたからこその戸惑いだろうか。
 だが、それならば戦闘になることはないでしょう―と判断して、セリアは二人に声をかけた。
「…その傷、大丈夫ですか?…まだオモテインターネットまでは相当ありますし、良ければ回復を…。」
「それは…本当に助かります。…お願いしても宜しいかしら?」
 
「『ホワイトアウト』」
 一つ頷いたセリアが静かに呟くと、ふわっと彼女を中心に風が巻き起こった。微かにウェーブがかった金髪を揺らしながら、その風は
上昇して渦を巻き―やがて、真っ白な雪を為す。ホワイトアウト―広範囲に癒しの雪を降らせる、セリアの技の一つだ。
 ひらひらと風に吹かれながら雪が降り積もると、その雪が触れた部分から、みるみるうちに黒いナビの傷は癒えていく。 
「…戻っていてね…」
 傷が完全に消えたことを確認してから黒いナビの傍らに膝を突いた彼女は、小さな声で囁きかけると、すっと両腕をその上に掲げた。
一瞬あたりの空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、巨大なその姿は掻き消えて、その代わりのように風が弾ける。
 乱れた髪を押えながら彼女はセリアを振り返り、ありがとう―と微笑んだ。

「今のは―?」
 単なる転送とは違うプログラムの流れに、セリアは息を呑んで聞くが
「私の、影、かしら。」
 相手は黒いナビのことを聞かれていると思ったのか、そう返してきた。
 それでも、そう呟く瞳は穏やかで、寧ろ大切なものを見るようなものだった。彼の事を「影」と呼びつつも、それに怯えるわけでも嫌う訳ではなく、
寧ろ慈しんでいるような―そんな目をしている。
 コトリ、その表情を見た瞬間、胸の中でパズルのピースが嵌ったような音がした。

(デサリアに会って、私は―。)
 謝りたいのか。
 違う―。
 怖がって疎んだ、ということに対しての謝罪ではなく―。彼女に対して言いたいことは、もっと、別にある。
(ああ、そうね―。そういうこと、だったのね―。)

「あなたはどうしてここに―?見たところ、裏インターネットの住人というわけではなさそうだけど―。どうして、こんな深部まで?」
「……私も、自分の影に会いに来たんです。どうしても、伝えたいことがあって―。」
 気づけば、女性の問いかけに対して、迷うことなく答えていた。デサリアに言いたいことは、無我夢中で飛び出した最初のときから、
心の奥底では判っていたのかもしれない―。
 知らず知らずのうちにセリアの白い面に浮かんでいるのは、晴れ晴れとした、輝くような笑み。
 その笑顔につられたかのように、女性も微笑み―。
「そう―。それは、素敵なことね。」
 ―と、返してきた。