君をこの場所に置いていこう。

 

繋いだ手のぬくもりだけ、あればいいから。

 

君の手は、離していこう。

 

 

 

 

 

                                                                    背中

 

 

(どうして僕だけ、苦しいんだろう)
 そんなことを思って、彩斗は目を閉じた。
 でも、熱斗に…双子の弟に苦しんでいて欲しいとも思わなかった。
「彩斗!しっかりして!!」
 母親…春香の声が聞こえる。
「彩斗!」
 ドアが開く音。父親の声。
「祐一郎さん、彩斗が…ねぇ彩斗、聞こえる?お父さんが来たわよ。」
 聞こえてる。声は喉に張り付いて出てこなかった。
「おにーちゃん!!おにーちゃん!!」
 熱斗が、この病室に漂うただならぬ雰囲気を感じたのか、彼の名を呼びながら泣き出す。
ああ僕達は一緒に生まれてきたのにね。

「彩斗!!」

 不公平なんて言葉は知らなかったが奇妙だと思う。
 彼は心臓病で、弟は全くの健康で。
「神様…」
 ぼんやりと熱に浮かされたような瞳…痛みで視点が合わせられなくなった目をする彼の手を
握り締め、春香は泣きじゃくりながら神に何を願うも判らずに、とにかく神の名を呼んだ。
 1回開いたはずの瞳がまた重たくなっている。まるで鉛のように。
 開けている事が辛い…それとも辛いのは心臓の痛みかもしれない。
 細い華奢な手の感覚も、遠ざかっていく。

 もう全員が、死を悟っていた。

「だめだ、彩斗!!目を開けるんだ!」
 父親の顔が視界一杯に広がるがそれは霞んでよく判らなくなっていた。
 ただ名前を呼ばれているということは漠然と理解した。何を言っているかも。

 目を開ける…。
 
 闘病で弱った身体は彼の思い通りにならない。
 もう動かないのだ。指の一本さえも。
 もう……。

 どうしてこんなに離れていこうとしているのか。

 頬にぺたりと熱い手が触れた。体温が消えかかっている所為かやたらと熱く感じる。
熱斗は生きているのだ。灼熱のような熱さをそうとらえた。
 どうか。


 神の存在を知るには彩斗はあまりにも子供過ぎた。
 5歳になるかならないかのそんな子供に、神に縋る術は無い。基本的に宗教と関係の有る
家ならともかく、至って普通の家庭の、至って普通の子供は、親が語って聞かせるサンタを信じ
はしても親が語らない神など知らない。
 唯一願い事が出来る七夕は過ぎていた。願いは有効期限切れだろうか。
 どうか、熱斗。
 祈りの意味さえあやふやだった。祈りと頼みの区別がつかないような年頃だ。
 熱斗は痛い目にあわないように気をつけて。
 パパやママを悲しませないようにしてね。
 僕は熱斗を置いていく。でもどうしてか、僕にも判らない。
 ずっと。


 ずっとずっと、一緒だと思ったのに。
 
 でも、こんな痛いところまで一緒に来ちゃいけないね。
 君を離して行こう。
 
 君を置いていこう。この場所に。
 君は残るんだ。

 

 

「おにーちゃん」
 それが最後の聴覚だった。

 

「はやくびょうきがなおりますように。」
 拙い字で書かれた短冊は、その役目を果たさぬままひらひらと落ちていく。
 それに重なるように、熱斗の号泣が病室内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき。
何かを書こうとして玉砕したもの。
一応兄さんの死期。確か「君を置いていくのが僕の最大の苦痛」という一文を使いたいが為に
書いた様な気がするんだけど別のエロ小説で使ってしまいました。だから不完全燃焼。
一応この後彩斗がロックになる話もありますが、それは本編で、かな。
それにしても私の中でやっぱりロックは「サクリファイス」というイメージがあります。
犠牲、ん、だって私の中で彼はキリストだし。(をい)冗談抜きで。
世界平和の為に我が身を削ってるのがロック、理想に振り回されて精神も身体も削っている
エックス。だからDASHロックはあんまり好きじゃないんですな。彼は「生」の為に身体を、削る
んじゃなくて「張って」いる。彼に大儀が感じられない。その人間臭さが良いかもしれないけれど
私は「ロック」として「人間」に生きて欲しくない。命さえ理想のためなら投げ出すっていう人工的
な気高さが愛しい(歪んでる)。でもその歪みこそ殉教じゃないですか?
だから彩斗は苦しんで苦しんで苦しみ抜けばいいんです。それで熱斗を恨まずに綺麗に死んで
いければやっとロックマンに成れる。苦しみを克服してこそヒーローだとスパイダーマンを見て
つくづく思いました。
そういえばEXE版ロックの苦しみは「疎外感」「矛盾」です。
熱斗は「俺たちパパの息子だし」と言ってますが。ロックは「彩斗」だけど彩斗では無い。自分の
家族というものにほんの僅かな疎外感を抱いています。ロールが抱えてたのと同じような物かな。