(悪趣味ね。) 

 フォーチューンは歩きながら心の中で呟く。
 まるでミラーハウスのように、四方はぐるりと自分の姿だ。その姿は一足歩くごとに、色が反転したり細長く引き伸ばされたり
押しつぶされたりして…自分自身に監視されているようであまりいい気分ではない。
 いや…それとも、ここは見世物小屋だろうか?丁度左手に映る、真っ赤に塗られた自分の姿を横目で眺めながら、もう一度
悪趣味ね、と呟く。確かに何日も此処に放り込まれればおかしくなるかもしれないが…だが。
「これで閉じ込めたつもりなのかしら?」
 この計画を組んだのは、恐らく今巷をにぎわせているWWWやネビュラの模倣犯だろうが…。何と言うか…非常にお粗末なプログラムだ。
 ため息混じりに軽くノックをするように壁を叩くと、派手な音と共に壁が粉々に砕けた。
 ガラスが砕けるような派手な音を伴に引きつれ、つかつかと歩き続けると…割れた筈の鏡の向こう側には、誰かの姿があった。

 敵か、と思ったが…そのモノクローム姿の少女は、
「わ…!!」
 と声を上げ、心底驚いたように、立ち尽くしている。
「…あら…」
 まさか他のナビが閉じ込められているとは思わず、フォーチューンも一瞬動きを止めた。
「……」
「……」
 お互い、予想だにしていなかった事態だったのだろう…。ぽかんと見詰め合っていたが、何とか体裁を整え、
「……怪我はない?まさか、他に迷い込んでいる人がいるとは思わなくて…。」
 と聞く。
「うんっ…!大丈夫!」
 その相手はこくこくと頷くと
「キミも、迷い込んじゃったの?」
「えぇ。あなたも、よね?」
「うん。あ、僕の名前はトーン!」
「私はフォーチューン。…いきなり驚かせてごめんなさいね。…早く抜け出したくて、ちょっと手荒な方法を取っちゃったんだけど。」
「僕も結構迷ってるんだ…。そろそろ、ミシロのご飯タイムだから戻らなきゃいけないんだけど。…帰り道は、こっちなのかな?」
「判らないけれど…。とりあえず、まっすぐ進んでいけば端っこがあるでしょう、と思っている所よ。」
「あはは、確かにね!じゃあ僕も…トーンハンマー!!!」
 叫ぶと、腕のプログラムが一瞬で大きなハンマーに変化する。見た目は10を数えているかいないかという年頃の子供なのに、使っている武器は
かなり大ぶりなハンマーだ。
「えぇぇぇぃ!!」
 大きく振りかぶってトーンはそれを壁に叩きつけた。パワータイプだと思ったのは間違いで…どうやら素早さをハンマーの重さに乗せて戦う、
スピードタイプのようだ…。「早く早く!」と早くも次のミラーに向かったトーンに急かされ、フォーチューンは慌ててその後を追う。

 がしゃがしゃとガラスが割れるような耳障りな音も、何故かそれほど気にならないのは、隣でトーンが何かしら楽しそうに話しかけてくるからだ。
この迷路はミラーハウスみたいだよね、ということや、何で迷い込んじゃったかさっぱりわからないんだけど…等等。僕、という一人称やはきはきした
口調など、非常に人見知りの少ない子だ、という印象を受けた。

 何枚ミラーを叩き割った頃だろうか…鏡だらけの奇妙な世界から抜け出せたのが嬉しくて…何となく、二人は顔を見合わせて笑っていた。
「やったねっ!」
 手を上げる。鎌の状態から腕は戻らないのだが…トーンは全く気にしていないかのようにぱちん、と音を立ててハイタッチをしてきた。
 その無邪気な笑みに、フォーチューンはつられるように笑いながら
「えぇ!」
 と返し…こんどは自分から、再び手を合わせていた。