約束に生き。
 願いを託され。
 唯一つの誓いだけを支えに―ただ、求める人の影を追って戦場を彷徨う。

 彼女の生き方は、不器用で痛々しく―そして空虚なものだった。

 

 ジャリジャリと瓦礫を踏みしだきながら、ウルズは焦土と化した街を歩き回る。腰に吊った袋には、斬ってきた兵士達の階級証が
無造作に詰め込まれている。皮製の袋はずっしりと重く、返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。
 血に汚れていたのはその袋のみならず、彼女が纏う白い服もそうだったが…何故かその長い髪だけは、戦場に似合わない艶やかさで
焼かれた地面から巻き上がる熱風と歩調に合わせてふわりふわりと揺れている。
 足元の兵士の死骸から階級証を奪い、顔をあげかけたウルズの視線が、瓦礫の色とは違う鮮やかな白に向かった。
「…人形か。」
 金糸で華やかな縫い取りがされた、異国風の白い衣装を纏った人形。恐らくは貴族か誰かが、娘のためにとでも注文したのだろう。だが、
その持ち主が人形を手に取ることは永遠にあり得ない。街は殆ど丸ごと焦土と化し―人形自身もこうして、金の枠と砕けたガラスに囲ま
れて、熱に溶かされるのを待つばかりだ。
「…」
 勿論、人形の表情は変わらない。白い頬に微笑さえ浮かべて、宙を―否、瓦礫を見据えている。
 からっぽだ、とウルズはふと思った。この人形同様、自分も何かが欠けているのだ―と。
(ねえさんを失った瞬間に、心の何処かが死んだ。)
 それが、恐らく最初の瞬間。何時からか人を斬ることに慣れ、何も感じないようになった。
 いや、何も感じていないというのは嘘かもしれない―。未だに、恨みと驚愕に見開かれた死者の目を見ることに躊躇いを感じているのは
その証拠だろう。
 だが、全ての悩みも葛藤も、自らを支える誓いの前には無意味―そう心に決めたのだと、ウルズはきゅっと唇を噛み締めて立ち上がり、
ぶるぶると首を振って嘆息した。
 この戦場に、捜し求める人―姉の恋人だった男性の姿が無いなら、次の戦場を求めて旅立つしかなく、そのために先立つものが必要なのは
明確な事実だ。
 躊躇っている位なら、誓いを果たすために歩け―。
 自分を叱咤し、少しだけ重くなった袋を結わえなおすと、ウルズは再び歩き出した。僅かに残っていた緑を食んでいた愛馬・アリアがその彼女
の足音を聞きつけ、ぴんと耳を立てる。
「…報酬を貰ったら―次の場所へ行こう。」
 その首をぽんぽんと愛撫して、飛び乗ると―少しだけ近くなった空の青さが、やけに目に付いた。


 ―この空のどこまで行けば、誓いは果たせるのだろう―?

 

「………耳が痛い話ね。」
 そこまで読んで、フォーチューンは小さく息を吐いた。愛した人の祈りを紡ぐための過酷な旅路を歩んでいるのは自分も同じだったが
そんな中で、自分が本の主人公のように全てを失わずに居られたのは―。彼が居たからだと、今なら判る。
「?ママ?」
 視線をそちらに流すと、丁度目が覚めたのかアンティエルドは寝ぼけ眼で彼女を見上げていた。
「まだ、起きてるの?そろそろスリープモードに入った方がいいよ。」
「…そうね、もう眠ることにするわ。」
 僕には早く寝なさいって言う癖に―眠そうな声でむにゃむにゃと不平を言いながら、またアンティエルドは彼女の膝の上で寝息を立て
はじめる。その手がぎゅっと服の裾を握り締めているのは、母親に対する甘えだろう。
 だが、縋りつく彼が、倒れそうな自分を支えているのもまた―事実。
(この子を守るつもりが支えられているのは、私)
 そして、それを最初に教えてくれたのは―守られているだけだと、与えられているだけだと歯がゆく思っていた自分に対し、そんな君こそが
支えだと笑った懐かしい人だ。

 感情を全て、その銀色の瞳の奥に封じ込めた少女―。
 誰か一人でも、彼女の傍にいればと―思わずにはいられなかったのは、誓いだけを支えにする、その危うさを知っていたからだった。
 誓いは祈り同様、人を救うし支えもしよう。
 だがそれだけが、ヒトという生き物の全てにはなり得ないのだと―全てを凍えさせてしまう前に彼女は気付けるのだろうか?

 

 血に塗れた剣を携え、美しいが空ろな瞳で―尚、ウルズは、アリアだけを供に物語の中を歩き続けている。