神様どうか僕を消して

      偽善面したこの僕を。

      貴方の事など信じもせずに

      己の欲望だけ押し付ける僕を。

      さぁ、僕を罰して。

      盲目的な愛着で、光すら失った君の目で。

      DEAR MY SWEET MY SWEET SISTER

      ヒトは所詮獣。己が悦(よ)ければそれでいいだけ。

      節操無しの悪魔の宴、獣ですら目をそむける夜に。

      DON’ SAY NO LET’S DANCE!!

      相手が誰だろうと構いはしないのさ。

      YOU JUST KNOW WHY DON’T YOU??

      
      

                                         04 JADE SIN

     

     第一章  唄って踊れるアイドル作戦!!
     
役に立たないチップを取りに生かせたワイリーに一言文句を言ってやろうと、フォルテは基地の中をずんずんと
     大またで歩いていた。役に立たない、というには少々御幣があるが、使った瞬間にあんな状態になるチップなど
     戦闘中に使えるわけが無い。
      とりあえず、会ったらぶちのめす、と口の中で念じつつ、乱雑に研究室のドアを開ける。
     「おい!!糞爺!!!」
      不機嫌を表すかのように壁に叩きつけられ、大げさな悲鳴をドアが上げる。それを無視して、彼は無遠慮に
     部屋の中へ入り込んだ。
     「博士なら、今奥の部屋ですよ。」
     (懲りずに、又何か作ってるんだろうな。)
      不意に掛けられた声に、フォルテはむかっ腹を立てながら振り向く。予想通り、新しいワイリーナンバーズだった。
      もうフォルテの話は知っているのか、どことなくおどおどした様子で声を掛ける。
     「なんだか、資金調達の為に唄って踊れるアイドルを作るみたいですよ・・・・・」
     「唄って・・・踊れる・・・・アイドルだぁ?」
      豆鉄砲を喰らった鳩だってこんなに驚くとは思えない位物凄い表情で、フォルテは相手をねめつける。
      口がぽかんと空いていてとんでもなくアホ面だったが、そんな事気にしている余裕は無かった。
     「はい。どうせなら貴方にも踊って欲しかったみたいですが、ちょっと顔割れてて無理みたいなんで。」
      フォルテの脳裏に、寒いくらいの笑顔で手を振る某事務所のアイドル達が映る。
      それをまさか、自分にやれとは。そして次にイメージしたのは、ライトを浴びてなんかちょっとイっちゃってるファンに、
     手を振って、
     「じゃぁ次は、ラストの曲だぜ〜!!」
      何て叫ぶ自分の姿、だった。
      はっきり言って、怖い。
      それ以前に、キモい。
      っていうか死にそう。
     「あ〜いされるよ〜り。あ〜いしぃーたいマジでぇ〜」
      低い声でそう呟くフォルテの目は、完全にトリップしていた。
      薬中がラリっているのと、殆ど同じ表情だった・・・・というのは、ゴスペルの感想だ。
      

     「・・・・・・で、これがその唄って踊れるロボット、ってやつか。」
      散々幽体離脱して旅行した挙句、新入りに激しく誤解を受けたフォルテは、怒る気も失せてただ泰然と現実を見据えて
     呟く。
     「そうじゃ!!美形じゃろ??可愛いじゃろ???」
     「爺の趣味はわかんねぇ・・・・」
      深々とため息をついて、フォルテは呟いた。
      これのドコが可愛いんだか。
      むしろ唄って踊れるアイドルというのだから、女の子かと思っていたが、まさか男で。

      年の頃はフォルテより遥かに上で(といっても実際年齢は彼の方が上だが。)22,23、もしかしたら25位まで
     いっているかもしれない。顔立ちのバランスは、もし甘い笑みを浮かべたら女性が卒倒確実な位端麗で、
     そしてどこか影の在りそうな瞳の色だ。背は長身だが、肩幅がしっかりしている所為かあまりヒョロリとした印象は無い。
      やたらと腰が高・・・・・・
      何より特徴的なのは、長い金髪だ。きつい顔立ちに関わらず、何故か豪奢な印象を与えるのは多分この髪の
     所為に違いない。金髪といっても黄色に近いほうではなくて、本当に黄金色だ。
      確かに、センスは悪くない・・・・むしろ、顔だけ取るならばっちりだろう。

     「・・・・・・・・・これのどこが可愛くて、どこがアイドルなんだか・・・・・・・。」
      溜めた息、第二発。
      実はちょっぴり期待していたのか?という視線で問い掛けてくるゴスペルは無視して、フォルテはうんざりした様に
     続ける。
     「アイドルってのは、もっとこう・・・・アレだろ?こんな大年増じゃなくて十代中盤の・・・・・」
     「そんなのワシの好みじゃないわい!!・・・・・・・ロックマンに似た顔ばかりいるアイドルなんて、考えただけでも腹が
      立つ!!!!」
      ・・・・・・・・・・ああそうですか。
      そういう意味ですか。
      口を開く気も起きず、心中で呟く彼の表情は明らかに疲れきっていた。
     「どうせなら、そっちのほうが売れたと思うぞ・・・・・・・・」
      

      ジジイには付き合えねぇ、とフォルテは部屋を出る。
      ゴスペルはドアが閉まる寸前、ちらりとその「唄って踊れる」を見返して、スキャンしようとした。
      唄って踊れるの割には、いやにつくりが丁寧だと思ったのだ。
     『・・・・・・・・・!!』
      そしてゴスペルは、訝しげに目を細める。
      彼が眠るそのケージは、ゴスペルのサーチを拒んだのだった。
      硬質に、どこまでも冷たく。
      彼らの創造主・・・・狂気の科学者の、意のままに。スペシャルナンバーに与えられたサーチ能力を上回る、
     高性能なプロテクト。
      それは確かに、スキャンを拒む目的だったのだ。     
      不愉快というか不可解さに赤い瞳を細めたが、主人の呼ぶ声が聞こえたので、彼はグラデーションのかかった毛並み
     をさらりと揺らして、ケージに背を向けた。
      喉に骨がひっかかったような、釈然としない面持ちで。

 


      

     第二章  気づかぬ、現実。
      深海調査から、早二週間が経つ。新聞を騒がせるような事件も無く、ロックは至って平穏な日々の中に身を置いていた。
     学校へは流石に行かないものの、そこらへんの少年がぶらぶらと歩いているのとは何も変わらない。最も、ロックと、
     同年代の少年達を並べてみれば、その差は歴然たるものだろうが。
      ロボット特有の、人間では真似の出来ない奇妙な調和を見せる顔立ちと骨格。この年頃になると必ず現れる筈の
     吹き出物や、それから声も変わってはいない。世のショタコンオネェ様なら喜びそうな設定だが、彼は、もう今年で
     18になるのだ。時の流れの無常さから、無情に取り残されたロボットという存在。
      ふと、彼は顔を上げた。スクランブル交差点の前、ビルの壁に貼り付けられた大型のディスプレイで、音楽番組をやって
     いる。それ自体は別に珍しいことではないが、何より異質だったのは、珍しくゴシック系のバンドだったということだ。
      このチャンネル、「RHYTHM COMMINUTE]は、業界でも有名な大手音楽番組で、よほど人気があるグループで
     もないと出るのは難しいとされているのだ。だから、主体はポップミュージックのアーティストで占められている・・・バンド
     もちょくちょく出ることは在るが、ゴシック系バンド、というのは趣味が分かれるため取り扱われてはいなかったのだ。
      そんなことに疑問を覚え、ロックは画面を見やる。
      夏だというのに、暑苦しい黒一色の服。メンバーは、ボーカル、ギター、ドラム、ベース、キーボードという、まぁ一通りは
     そろったといった感じだろうか。

     「今日は、最近大ヒットを飛ばしているバンド、JADE SINです!!」

      司会者が喋っている内容は、普通の紹介と変わらなかった。ただ何故かロックはその画面から目を離すことが出来ない。
     厳密に言うと、画面ではない。司会者の後ろでセットに入っている、そのバンドの、特にベース・・・大きいバイザーで
     顔半分が隠れているが、鼻筋から口元のバランスは酷く整っている・・・から目が離せないといったほうが正しいのか。
      ボーカルはなかなか美人だ。他のメンバーも、同様に皆綺麗だが、そんな顔立ちの中で、一人だけバイザーを
     かけている「彼」は酷く異質だった。
      異質・・・・・?
      そうだ。確かに異質なのに。
      何故誰も気づかないの??
      しかし、何が違うのだろうか。
     「JADE SINは、ボーカルのJADE、ギターのAMBER、ベースのSIN、ドラムのALEX、キーボードのAQUAの
      五人グループです。」
      彼・・・・・SINは、他の四人と確かに違った。どこか見慣れた雰囲気さえ漂わせる。ただそれは、決して好意的では
     無くて、むしろ敵意を含んだもの。
     

      誰だ・・・・?
      彼は、誰に似てるんだ・・・・?
      ブルース??

      
      そういえば、最近ブルースを見かけないなぁ、とロックは口の中で呟いた。だが彼とブルースとが連絡を取らないの
     は別に珍しい事では無い。また、何かあれば出会うこともあるだろう、とその事をロックは頭の隅に追いやった。
      それに、ブルースでは無い事は確かだ。
      フォルテ、という選択肢は彼の頭には無かったので、デジャ・ヴュだろうと片付ける。
      そして、人ごみに紛れて横断歩道を渡ろうとした。
     「ヒト ハ 」
      節操無しの獣。
      相手が誰だろうと構いはしないのさ。
      
      ロックは僅かに眉根を寄せる。この番組は子供向けとは言わないが、子供だって見る可能性はあるのだ。
      下品、とまではいかないが、出来ればこういうのは止めてほしいな、と彼は息をつく。だが、彼らをこの番組に出そう、
     というのはただ単に営業目的なのだから、彼が言って何かが変えられる訳でもない。
      プロデューサーは視聴率を上げるのが目的だろうし、バンド一組で視聴率が跳ね上がるのだからこのチャンスを逃がす
     手は無いだろう。
      だが、彼は未だ気づかなかった。曲を、歌詞を聞いた瞬間に走った、一瞬の陶酔に。
     「それ程潔癖だと、辛いものがあるだろ。」
      立ちすくんでしまった彼の隣を、通りかかった男・・・・長身にロングコートという出で立ちだった・・・・・が、不意に彼に
     囁きかけて通り過ぎる。その低い、どこか甘ったるい声は確かに、『彼』のものだった。
     「いつかお前が、対面しなければいけない現実だぞ」
     「ブ・・・・ブルース!!??」
      振り返った時には、彼の姿はもう無い。ロックは、突然回りのものが高速で動いているようにも思えた。
      人々は、残像すら残しながら彼の隣を通り過ぎていくが、彼自身の動きはきわめて鈍いような。
      その証拠に、と彼は心の中で自嘲する。僕は今聞いたばかりのブルースの姿さえ見つけられていない。
      もしかしたらどこか調子が悪いのかもしれない、とロックは呟いた。
      精神的な不調、という選択肢は、除外されていた。
      見たくないものから、目を背けている事に、気づいてはいないようだった。

 

     「ただいま〜」
      あの後ロックは、何をするわけでもなく研究所へと戻っていた。緑の芝が眩しいくらいの庭から、赤茶色の弾丸が突進
     してくる。飛び掛ってきたそれを、彼はしっかりとキャッチした。
     「ラッシュ!!」
     「クゥーン」
      甘えた声で鼻を摺り寄せてくるラッシュに、ただいま、ともう一度声をかけ、頭を軽く撫でると、短めの尻尾が嬉しそうに
     揺れた。ぶんぶんと音がしそうな位の勢いだ。多分、ロックが出かけるのに自分がついていけなかったのが、残念で
     仕方なかったのだろう。
      だが記録的な猛暑を誇る今年の夏は、ラッシュといえどもある程度の冷却処理は必要だった。特に四足歩行の
     動物型ロボットは、日光の照り返しと地熱で、腹部に入っている精密機器が熱され誤作動を起こす、という恐れがあり
     その為の調節に半日ほどかかってしまったのだ。
     「ふふ、別に特に何も無かったから心配しなくて大丈夫だよ。明日は一緒に出かけようか。」
     「ワンッ!!!」
      嬉しそうだ。
     「あらロック。お帰りなさい。」
      不意に透明なソプラノがロックの耳を打った。洗濯物を取り込みに来たのだろうか、籠を抱えてロールが彼の方を見て
     微笑っている。ただいま、と返して、物干しの方に歩み寄り、籠を受け取り、洗濯物を外す。
     「手伝うよ。博士は今日も又研究だった?」
     「えぇ。何でも新しい柔軟金属が出来そうだって、かかりっきり。・・・・・確かに発明できれば、とても役立つだろうし
      ロックが怪我する事も無くなりそうだけど・・・・でもそれ以前に、ロックが」
     「そこから先は言っちゃだめだよ。」
      言いかけた言葉を、ロックは優しく、そして断固として止めた。
     「ワイリーが居る限り、世界には『ロックマン』が必要なんだ。」
      ロックも決して戦いは好きではない。むしろ誰かが自分の代わりにワイリーを倒してくれたら良いと思う事もある。ただ、
     その代わった人がどれだけ苦しいかを思うと、やはり自分しか居ない、という気持ちにもなるのだ。
     「そうね。貴方が正しいわ。あ、そこの洗濯バサミ外して。」
      ロールは否定せずに、そしていきなり日常生活に話をふった。まるで、戦いと日常を同じ列に並べる事で、ロックを
     ここに引き止めておくかのように。この日常こそが、戦であるとでも言いたげに。
     (貴方がいる場所は、ここなのよ)そんな思いがその言端にちらりと見え隠れし、瞬間瞳が翳りを帯びる。
      だが当のロックは、言葉通り洗濯バサミを彼女に渡しただけだった。
     「このシーツは取り込まなくていいの?」
     「んー、もう少し干して置こうかしら。・・・・でもまぁ、いっか。」
     「布団がベランダに落ちてるように見えるのは、気のせい・・・じゃ無いよね。」
     「大変!ビート、ちょっと頼んでいい?」
     「ピー!!」
      パタパタと羽根音をさせて、(どこから出てきたのだろうか)とロックはふと疑問に思ったが、ビートが飛んでいく。
      落ちた布団を嘴で引っ張り上げているその姿は何故か微笑ましく、二人は思わず吹き出していた。
     

      洗濯物を取り込み終えて家に戻ると、居間ではTVが点けっ放しになっていた。ロックはふと先程のバンドの事を思い
     出す。
     「そういえばロールちゃん、JADE SINっていうバンド知ってる?最近売れてるみたいなんだけど。」
     「うん。ちょっと毛色が変わってるんだけど、結構前からラジオとかには出てるのよ。1個前の曲・・・えーと、題は
      忘れちゃったんだけど・・・で大ヒットを飛ばして一時期ニュースにもなったの。でもロック、どうして今日に限ってそんな
      話を?」
     「う〜ん、今日、RHYTHM COMMINUTEで唄ってたからちょっと気にかかっただけ。服、暑苦しそうだったし。」
     「ヴィジュアル系バンドだからじゃない?それにしてもあの番組に出るとはね。さすが社会現象にまでなっただけの
      事はあるわ。」
     「歌詞は反社会的なのにね。」
      ロールは軽く肩を竦めて、そうね、と言った。確かに反社会的ね。
      
      でも。
      それでも。私には、他人を反社会的だなんて言う権利なんか、無い・・・・・・。
      反社会的なんて常識レベルじゃない所で、私は世間に背いているから・・・・・。

      自分でも意識しないうちに、彼女はまじまじと兄の顔を見詰めていた。縋るようなその視線から視線を外せず、ロック
     も引き寄せられるように眼前の蒼だけを見つめる。微動だにしないまま、意志の奥深くは見せないまま、醒めている
     のに熱を持った瞳に飲み込まれそうで。でも何故飲み込まれることを拒まないかは、彼には判らなかった。
      幽艶なその色合いが、泣きそうに潤んでいるのを遠く感じる。
      目の前に居るのは誰だろう。ふと、そう思った。
      少年のものにしては長い睫が、そっと伏せられ・・・・・そこで、悟る。
      目の前に居るのは誰か。自分の何なのか。自分は何をしようとしていたのかを。
      
      ロックの顔に僅かな驚愕が広がるのを、彼女は見逃さなかった。彼がその理由を考えるより早く、ロールは表情を
     作り変える。熱に浮かされた表情を消し、とろけるような笑みを浮かべて、彼女は言った。
     「ロックは、どっちかっていったらアイドル系よね。」
     「あ・・・うん、そうなのかな?」
      彼は小さく小首を傾げた。これで、今の彼女の行動の理由は、彼の中で消化されたことになる。
      今の行動にそれ以外の理由などつけられてはいけないのだ。何があっても。
      そう心の中でもう一度強く呟いて、ロールは更に言葉を続けようとするが、
      ロックの姿は、もう其処には無かった。

 

      部屋に走りこんだロックは、頭からシーツを被る。少し前まで日光に照らされていた筈のシーツが冷たく感じるのは、
     多分気のせいでは無いのだろう。限りなく人間に近く、という訳で、感情が正直に顔に出てしまった。
     (顔・・・真っ赤だろうな・・・・・)
      ぼふん。
      まじまじと見つめられて照れ臭いとか、綺麗だったとか、そんな思いが頭をぐるぐる掠める。但し、掠めるだけでその
     実態は何も掴めないのだ。
      ただ、この胸の中に蟠る不快な黒ずみは、今まで感じたことが無かったもの。
      何故か触れてはいけないもののような気もする。触れたら全てが終わる、とそれ自身が警告しているようで。
      彼はそのまま、枕に顔を埋めてじっとしていた。いつのまにか暮れなずんでいた夕日が窓から差込み、茶色い髪を赤く
     染める。奇妙な印影と静寂だけが、その部屋を支配していた。

 

      完璧な純白の少年に、ほんの小さな割れ目が走った。
      ほんの小さな傷だったが、意識するうちにその傷を自分で広げてしまうことになるということを、今の彼は知らない。
      まだ、誰も何も知らない。
      破滅の前奏曲の、最初のキーに指が掛けられた事を。

 

  

     第三章  この世の理、それは。
      PM 3:50
     「暑いダス〜・・・・」
      街を歩きながら、ライトットはぼやいた。ラッシュとロールとロックとライトット、総出で買物に出て、効率よく買物を済まそ
     うと分散した為、大量の荷物を一人で運ぶ羽目になったのだ。じゃんけんで負けたとは言え、酷いだすぅ〜とさらに愚痴
     を零しながら、ライトットは約束した駐車場へ向かう。汗は流れないものの、うだるような暑さはロボットの身にも快適な
     ものではない。
      気が遠くなるほど暑い。
      暑い。
      暑い。
      しかも、前の大型ディスプレイに映されているのは、ライトットがファンのモーニングシスターズでは無く、どこぞやの黒い
     服を着た暑苦しい人達だ。さらにげんなりして、荷物を持ち直す。
      どん、と肩に何かがぶつかった。ふわり、と漂う、純粋なメンズの匂い。
     「あ、ごめんなさいダス〜」
     「・・・・・・・チッ。」
      その相手は軽く舌打ちをして通り過ぎていく。ムッとしてその背中を見送ろうとしたライトットだが、早く涼しい場所へ、と急ぐ
     人の波に飲まれて、その相手の姿はもう見えなくなっていた。
     「ん〜、全くもって失礼だすなぁ!!」
      憤慨したようにごちるが、対象がいないので仕方なく、彼はもう一度荷物を抱えなおし、横断歩道を渡る。
      信号が点滅し、対岸まで辿り着いた時には、もうそんなことはライトットの頭の中からすっきりと消えていた。
      ディスプレイに映されるグループが、モーニングシスターズに変わっていたのが大きな要因だったりもする。ノリの良い
     弾むようなメロディーに合わせて小さく鼻歌を歌いながら、肩を揺らしてライトットは待ち合わせ場所へ向かう。

      3;58
      ライトット、駐車場に到着

      3;37
     「えーっと、缶詰は買ったから……」
      ロックはメモを片手に、食料品のコーナーをウロウロしていた。暫く来ない間に、棚揃えが随分と変わってしまって
     物を一つ探すのにも苦労する。
      籠を加えたラッシュの視線が少々恨めしそうに見えるのは、多分間違いではない。重い荷物を持たされて
     いるからだろう、と思いながらも、見つからないものは見つからない。
     「ごめん、後ちょっとだから・・・・・。」
      乳製品のコーナーに居るのに、どうしてヨーグルトが無いんだろう。ほとほと困りつつ、彼はきょろきょろと
     あたりを見回す。
      散々迷った末、牛乳と同じコーナーに置かれている事を知ったのは3:45

      3:55
      ロックとラッシュ、駐車場に到着。

      3:54
      買い物を終えたロールは、待ち合わせ場所への道を急いでいた。約束の時間まであと6分しかない。
     別に遅れたからってどうと言う事でもないのだが、心配をかけるのが嫌で、自然と足が速まる。
      幸い荷物も軽いし・・・とロールは傍らに居るビートに手招きして、更に道を急いだ。
      その瞬間、視界の端に銀の糸。
      ちらっと見えただけだが、瞬間的にそうだと確信していた。同属の目から見ると、やはりロボットは人間とは
     違って見える訳で、その背中にも何故か違和感がある。
      

      同時刻
      背後に人間とは異なる存在の気配を探知して、フォルテは眉を吊り上げた。
      ワイリーナンバーズのTOPを狙うロボットに付け狙われる事は、今も昔も変わっていない。
      新しいワイリーナンバーズが登場すると、「どこが良いのか判らないあのジジイ」にもっと認めてもらおうと
     ナンバーズ随一の実力を誇るフォルテに喧嘩を売ってくる命知らずが希にいたりもするのだ。
      今回もそのクチかと、彼は振り返る。軽くあしらってやるつもりだったが、振り向いた先に居たのは、
     全く彼の予想外の相手だった。
      戦闘ということに縁の無さそうな少女。
      思わず握っていた拳を解いて、彼は小さく息を吐いた。
     「やっぱりそうだった。」
      にっこりと笑って彼女は言う。
     「・・・・・・・・何の用だ?」
     「特に用事は無いんだけど、偶然見かけたから。」
      偶然見かけたからといって、敵方のロボットに挨拶するとはフォルテには到底理解できない考え方だったが、
     ロックの妹ならばそれ位は別に普通なのだろうと結論づける。
      しかし、こういう時に何を言えばいいのか判らず、フォルテは黙ったまま立ち尽くした。
      奇妙な間。
     「・・・・・・・怪我、大丈夫か?」
      我ながら間抜けな質問だと思いつつも、とりあえず会話を繋ごうと彼は口を開いた。
      はっきり言ってしまえば、彼は普段あまり「まともな会話」をしない。気心の通じ合ったゴスペルとはまた勝手が
     違うし、ワイリーやロックと喋るときは一方的にいいたいことを喋るだけだ。言葉はキャッチボールとは良く言ったもの
     だが、彼の場合はキャッチボールではなくストライク狙いの超豪速球になる。
      この場合は、蝿が止まりそうな位のへろへろ球だろうか?
     「もう平気だよ。」
      そんな不器用そうな言葉は気にせず、ニコッと笑って彼女は言った。
     「それにしても、敵にうかうか街中で声を掛けてくるなんて、珍しい奴だな。」
     「そう?・・・・でもホラ、貴方は命の恩人みたいなもんだし。」
      無視するのも失礼でしょ?そう笑う姿には悪気の欠片も無い。ロックそっくりなその表情ではあったが、
     何故か嫌悪感は沸かなくて、むしろ沸いてきたのは好奇心。
      強いか弱いかしか無い世界に生きている彼にとっては、はっきり言って物珍しい存在
     

      ビルの上から下界を眺めると、町は人で溢れ返り、その中で少年と少女が会話をしたことは別に
     日常の中のほんの1コマに過ぎない。
      偶然、出会った二人。
      だがそれを偶然と片付けるには、あまりにも街は広く、人は多い。それなのに人はそれを「偶然」と呼ぶのだろうか。
      昔、ある策士は言った。

     「歴史に偶然は無い。偶然と思われる事こそが必然である。」

      その言葉が正しいという訳では無い。しかし何を以って必然とし、何をもって偶然とするのか。
     相似なものは引き合う、という考えを踏まえれば、もしかしたら、この二人が出会ったのは。
 

      偶然ではなく必然、だったのかもしれない。

                                         

 

 

     「ごめん!遅れちゃった!!」
      息を切らして(冷却の為)走ってきた彼女に、一同は安堵の色を見せた。
     「良かった。道に迷ったかと思ったよ。」
     「全然そんなのじゃないの。只…ちょっと他に用事が出来て。」
      ビートが訝しそうに彼女を見たが、言わない方が賢明だと判断したのだろう、正面に向き直る。
      彼女が嘘をついたのなら咎めただろうが、別に「言わなかった」だけで嘘をついている訳では無い。
     それならばロックを心配させない方が良い……という結果だ。
     「そっか。なら、帰ろうか。博士も待ってるしね。」
 

                                          04 JADE SIN 終わり