長らく続いていた秋雨が嘘のようにその日は非常に良い天気だった。
 ピクニックには最適だと、昨日焼いたパンプキンパイとサンドイッチ、ビスケット一袋と魔法瓶に入れた紅茶をバスケットに詰め、うきうきした気分でジゼルとリリィは城を出た。
リリィの勢いに流される形でピクニックに参加させられた王子は非常に渋い顔をしているが―元々が不機嫌そうな顔なので、あまりいつもとの違いは感じられない。

 到着したのは、高原にある、とある牧場だった。
 空はどこまでも高く、草原をわたる風はあくまで涼しげ―「気持ちいいね!」と振り返ると、ジゼルも嬉しそうな顔をしてこくこくと頷く。
 来客用にしつらえられたベンチとテーブルの上には、先客がいるのか、パラソルが一つ、それからやはりバスケットが一つ置かれている。その傍らでは、妖精サイズの子供
が膝を抱えて座っていた。
「おはよう、アンティー。…あれ?フォーさんは?」
 アンティエルドはぐったりしたようにふるふる首を振ると、黙ってある一点を指差す。

 ―いた。

 放牧場のどまんなか、放牧地の中心地でにらみ合いをする男女一組。(異様な雰囲気ではあるが、牛やら馬やらがその周りで草を食べているのでイマイチ迫力は無い。)
そしてそんな二人の間に挟まれ、さすがに所在なさげに立っているのは、「あいこ」―この牧場の看板娘―もとい看板馬だ。
 男性の方には面識が無いが、女性の方は紛れもなくリリィが探していた人物だったので
「フォーさん!」
 大きく声を挙げて手を振ると、相手も気付いたのか手を振り返し、叫んできた。
「わんつかばし待ってて!」
「…???」
 あれ?とリリィは首を傾げた。
「ジゼル、今フォーさん何て言ってた…??」
「…???」
 私もよく判らない、とジゼルは首を傾げる。
「わんつ…Once…かしら。」
 考え込むリリィに対し、
「…今日、こっちに着いてからずっとあんな感じなんだ…。」
 膝を抱えていたのは、彼なりのやさぐれの表現だったのか。アンティエルドは暗い声で呟き、
「いつものママじゃない…!!」
 わっと机に突っ伏し、どんどんと拳で机を殴る。いつもへらへらした彼が半端なく取り乱した様子に、ただならぬと感じたリリィは、
「…何かがおかしいのね、判った、様子を見て来るわ。」
 その背中にぽんと手を置くと、二人の方に向かっていく。

「ほんまわかっとっか?だったらもういっぺん自分の胸に聞いてみろぃ。だーれがいっとう王さんに似あっちょるか。」
「おいがいっとう似合っておいもす 。」
 近寄った先は―異世界だった。あれっこれ何語?とリリィはぽかんとなるが、というか私達が喋っているのって何語だっけというよく判らない疑問にぶち当たってしまったので、
そこは無視して声を掛けた。「あ、あの、フォーさん?」
 と、男性の方がちらりとリリィを見て、
「おはんな誰さね?」
 と聞いて来る。何を言われているか判らずぽかんとなると、男は微かに眉を顰め、
「聞こえながったか?」
 と微かに不快そうな表情を浮かべて問いかけてくる。
「ずぃぐむんど!」
 音として聞けば「ずぃぐむんど」でしかないのだが―それが「ジグムント」、という男性名を示すことに気付いたのは何故だったか―。変だと思う気持ちはもはや無かった。
「返事もでけんか。無礼にも程があるだ。」(返事もできないか。無礼にも程があるな。)
「おまんにそげなこと言う権利はねぇべ…。」(傍若無人なあなたに、それを言う権利は無いと思うけれど。)
「…おまんもそうだげな。そもそも女王さん名乗るんだったらもすこしそれらしい態度をとるべきだげ。」(ふん…貴様も同程度の人間だったな。そもそも「女王」を名乗るのであれ
ば、もうすこし其れらしい態度をとるべきだろうが。)
「なーにを言っとっちゃ!王さんってのはな、ふんぞりかえってりゃえぇってもんでもない。王さんっちゅーのはな、つまりな、王さんっちゅーのは国民の模範だぁ。」
(いいえ。ただ上に立つだけが王ではないと思うわ。王とはつまり国民の模範となるべき人間なのよ。)
「いんや。王さんは統治者だでしかん。」(いや、王とは即ち統治者だ。)
 完全にアウェイだったリリィは、いつのまにやら聞き取れるようになっていた二人の会話に首を傾げた。
(あれ?私、どうしてこの二人の会話が変だなんて思ったのかしら…。)
 目の前の二人は、至ってまともな王様談義をしているだけではないか…酷く盛り上がってはいるけれど。
「フォーはん…」
「ん?」
「アンティーはんが心配してはりますの。戻ってくださいな。」
「んだ。すぐ戻る。」
「……」


 ジゼルたちのほうにリリィが戻ってきたのは、いつまでも凹んだままのアンティエルドに、「これでも飲んでるといいよ」とジゼルが小さなカップにいれた紅茶を差し出していた
時だった。
(ど、どうだった…??)「どうだった…??」
 ジゼルとアンティエルドは訴えるような目でリリィを見つめるが、
「なーんも、おかしいことなんかありまへんでした。」
 と、おっとりと笑って彼女は返してくる。なんだか妙にはんなりとした笑顔と動きに、
「リリィまでーっ!!!??」
 アンティエルドは絶叫してカップを放り投げ、再び机に突っ伏す。
「どないしはりました?」
 とんでもないオーバーリアクションだったが、リリィはにこにこと笑ってカップを拾うと、ぽんぽんとアンティエルドの肩を叩く。
「何有問題?」
 そして―リリィに何かあったのかと、それまで無関心を決め込んでいた王子が静かな影のように現れた。王子が苦手だがそれ以上に異常な言葉遣いにありとあらゆる意味で
ジゼルは竦みあがり、ふるふる首を振って物凄い勢いで後じさる。
「なんだか酷く怖がってはりますの。」
「…………」
 王子は冷め切った目でジゼルとアンティエルドを眺め、ぷいと身を返した―どうやら彼には、ジゼルとアンティエルドが感じているような違和感を感じ取ることはできなかったらしい。
 何事も無かったように少し離れたベンチに戻っていく王子と、「パイでも食べて落ち込むのはおやめんさい」と言うリリィを交互に見比べ、アンティエルドは遠い目で呟いた。

「ジゼル…なんだか、僕、間違ってるのは僕たちのような気がしてきたよ…。」


 そんな状態は日が暮れ、その場にいたメンバーが牧場を離れるまで続いた、らしい。

 で。
 後日、正気に返った王子は猛烈に自分の言動を悔恨し。
 ジグムントはジグムントで、もう二度とあのメンバーには会いたくないと思ったとか、なんとか。

 なぜ皆の言語中枢がおかしくなっていたかについての謎は、未だに解明されていない。…要約すれば、上手いオチが見つからなかった、ということである。