「まさかこんなところに居たなんて…」
 机の上にある、背の高いティーポットにもたれかかり、くぅくぅ寝息を立てるアンティエルドを見て、フォーチューンは盛大な溜息をついた。
「たまに来てるのよ。」
 焼きたてのアップルパイの湯気の向こうから、にこにこと笑いながらリリィがそれに答える。
「あら…ごめんなさいね。お茶の時間の邪魔をしてないといいのだけれど。」
「ぜーんぜん!アンティー君の話は面白いし、それに、食べてくれる人が多いに越したことはないし。…実際食べ過ぎて太っちゃわないかが心配…。」
 香ばしいバターと、シナモンの甘い香りを漂わせたパイが机の上に置かれると、向かいに座っていたジゼルが目を輝かせた。分厚く切り分けられた
アップルパイには、角が立つくらいよく泡立てられた生クリームが添えられている。
「フォーさんも、どうぞ。」
「ありがとう。」
 いかにもダイエットの敵、乙女の敵といった風を呈しているケーキが乗った皿を差し出してリリィは笑い、フォーチューンは素直に礼を言ってそれを受け取った。主催者が
自分の分も取り分けて席につくと、女性三人(男子は寝ていたため除外)での華やかなお茶会が始まる。フォークを立てた瞬間感じるさくっとした手ごたえに期待しながら
口元に運ぶと、
「おいしい…」
 思わずぽつりと感想が漏れた。ジゼルがその横で、同意するようにこくこくと何度も大きく頷く。
「本当?良かった!食べてくれる人があんまり居なくて、時々、私とジゼル向きの味付けになってるんじゃないかって不安になってたの!」
 その隣で勢い良くパイをぱくついていたジゼルが、『そうだとしても私が全部食べるから大丈夫!』とでも主張したげにフォークを持った手を振り上げた。まぁ確かに―
お茶の時間にここに来そうな人、もとい悪魔と言えばカルメロ位だろう。
 「満たされている」ということは必ずしも閉鎖的な関係を示すのではない。二人でいることが喜びだとしても、他者がいるならばそれもそれで彼女―特にリリィにとっては―
喜ばしいことなのだろ。ほのぼのとした気分で二人を眺めながら、そういえば、とフォーチューンはここを訪れそうなもう一人の人物を思い出した。
「王子様には?」
「…!」
 その言葉にジゼルがぴくんと反応した。それを知ってか知らずか、リリィはうーんと、考え込むように指を唇にあて、
「…あげてはみたんだけど…そして律儀に食べてはくれたんだけど…こう、リアクションが薄くて。」
 と小さく笑う。会ったことこそないものの、相当気難しい男であることは知っていたので、フォーチューンは確かに、と頷いた。
「気難しい男性って、なかなか…ね。喜ばせるのも難しいし、そもそも喜んでるかどうかの判断も厄介なのよね。」
「そう、喜んで…喜んでたのかな?眉間にしわ寄せて…たけど、それはいつものことか。」
「…表情じゃわかりづらい人なのかしらね…。あと、甘いものが苦手なのかもしれないし。」
「かもしれない…今度は別のものでトライしてみようかと思ってるのよ。」
「…例えば?」
「思い切って、こんどは大根の煮物でも作ってみようかなって。」

 ごくん.。

 ちらりと過ぎった王子の顔と里芋の煮物のギャップに思わずパイを噴出しそうになったが、そこはお行儀の良いキャラの矜持で堪える。無理に飲み込んだまだ大きい
欠片が下りきったのを感じながら、「おすそ分けならいざ知らず…王子様ってそういうもの、好きなのかしら?」と突っ込みを入れた。
 少なくとも。彼女が知っている「王様」は、例え食事をする機能があったとしても、絶対に大根の煮物など食べないだろうという奇妙な確信があった。寧ろリリィがそんな
ものを知っていたことに驚嘆すべきだっただろうか。
「……」
 リリィは黙ったまま大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ
「王子様に煮物…」
 鸚鵡返しに繰り返した。
「想像、つく?」
「…全く…。」
「持ち運びができるという点では煮物っていいんだけど、持ち運びできてそこそこ見た目も綺麗ということを考えなくちゃいけないわね。」
「あ、しかも、冷めても美味しくなくちゃ駄目…!」
「冷めても美味しいと、持ち運びと、『甘くない』の三点を同時に満たすとなると、あら、結構難しい…。」
「甘いもので喜んでくれてるなら、ゼリーとかでもいいんだけど…。」
 ジゼルが机の向こうでぱっと顔を上げた。
「ゼリーも食べてみたい?」
 意を汲んだかのようにリリィが聞き返すと、彼女は神妙な顔で頷く。
「とりあえず、今の所はアップルパイしか渡していないようだし…。ゼリーを渡してから、反応を見てたらどうかしら?」
「そうするわ。」
「本当に甘いものが駄目だったら、もう一度対策を考えてみましょう。」


 持ち運びできる料理、プレゼントできる料理、甘いものが嫌いなんて人生を楽しめていないという話から、
果ては気難しい男に対する対処法にまで話は広がり―。
 目を覚ましたアンティエルドは
「なんか、話の趣旨が違うように聞こえるのは僕だけ?対処法というより攻略法だよね、これ…。」
 と思わず突っ込みを入れ、ジゼルに困り顔をさせていた。
 話題にされた地獄の王子様と、亡国の王様は、くしゃみをして周りに不思議がられていたとか、いなかったとか。

 そして後日。
 気難しい男に対する(間違っては居ないが、対王子には向いていない対処法に)王子の眉間の皺が深くなったのは、また別の話。