其の棘は、誰の苦しみでしょうか。

 其の涙は、誰のための悲しみでしょうか。

 あなたは知っているはずです。己の胸の中にあるひとの姿を。


「死ん、じゃう…?」
 何を言われているか、一瞬本当に判らなかった。
「知らないよ!知らないよあんなオペレーター!!」
 それなのに、相手の言葉を聞いた瞬間に前が良く見えなくなっちゃったのは、何でだろう。
 僕はあのオペレーターに、本当に腹を立ててるんだ。
 人の話を聞かないし。
 何度言っても懲りないし。
 本当に本当に大嫌いだ。
「…でも…」
 なんで涙が出るのだろう。
「しんじゃ、やだ…。」
 もう他人だと思おうとしても、言葉が出るのは何でだろう?

「仙人掌が、トゲトゲしてる理由って、考えたことはある?」
 僕を庇うように立っていたフォーチューンさんが、静かな声で聞いてきた。振り向いた顔は、哀しそうだったけどちょっとだけ笑ってて、
意味の判らない質問だったけど…何だか、全部見透かされているような気持ちにもなった。
「え…?」
「人の気持ちが判る植物って、サボテンは言われてるでしょう。」
「それは、知ってるけど…?」
「人の心が理解できて…その苦しさや辛さを飲み込んでいるから、サボテンは鋭い棘を持つようになってしまったんだって、教えてくれた人がいたわ。
 …貴方が抱えているのは、誰の寂しさかしら。」
「僕が抱えてる、誰かの寂しさ…?」
 そう思わず聞き返した瞬間、何故か僕の頭の中にあったのは、あの女好きで、飄々としたオペレーターの姿だった。本当に大ッ嫌いだと思って、
大喧嘩して飛び出してきたはずなのに、彼の姿が見えないということがこんなに怖いことだとは、ほとんど考えたことはなかった。
「私達は、待ってる人のところに帰らなきゃ駄目ね。」
 今度こそ―今度こそニッコリ笑うと、フォーチューンさんは両腕を持ち上げた。壊れたプログラムがキラキラしながら、その周りを取り囲んでいくのは、
まるで、うんと寒いところで起きてるダイヤモンドダストみたいで…信じられない位に綺麗だった。
 その光景を見てるうちに…哀しくて怖くて寂しいのに…何でか、ベルデに会える、と確信したんだ。

 光に呼び出された黒い巨人が僕をひょいっと抱え上げ、
「先に、戻って頂戴!」
 フォーチューンさんの声が、走り出したその後を追いかける。

 絶対に、間に合うよ。
 だからベルデに、もう一回文句を言わなきゃ。きっちり反省してくれるなら、許してあげてもいいよ。
 それから…勝手に出て行ってごめんなさい、とも…。