君が為の至上の讃美歌    

  

      肉が裂ける音

       骨が砕ける音

       血と硝煙の匂い・噎せ返るような薔薇の香りにも似た、その鉄のような、硬く硬質な空気。

       そう、そこが彼の生きる場所だった。

      「ママ、に、叱られちゃうかな・・・・」

       途切れ途切れに、アンティエルドは呟く。黄金の瞳はたった今の殺戮の興奮から抜け出せず、恍惚とした色
      を浮かべている。古びた廃棄工場の中、本来人は居ないはずのそこ・・・いや、今も人は居ない。

       そこにあるのはただ、肉塊だった。もとは人だった物だが・・・・

       その中に、壁に凭れ掛かって彼は座り込んでいた。

      「人はやっぱりまずいかなぁ・・・」

       大分はっきりしてきた視線で、彼は辺りを眺める。血の海、というのが多分表現としては一番正しいのだろう。
      そしてその「海」には、大陸の代わり、とでも言いたげに、所々に盛り上がりが出来ている。ひき肉をケチャップの
      中に放り込んだらこうなるのかな、とアンティエルドはクスっと笑った。
       そんな彼の視界の隅に、ひときわ目立つ陸がある。まるでその元の持ち主の苦悶を示すかのように、奇妙に先が
      折れ曲がったその腕は、肘から先だけで、そして手首と天を仰ぐ指先が目立つ。他の物はすべてぐじゅぐじゅの、
      湖や池が沢山にじみ出る陸なのに対し、それは唯一形を留めていたからかもしれない。
      「でも・・・・・やめられないよね。」
       そう独りごちながら、彼はそれを拾い上げた。空いているほうの手で、腰のホルスターからクラブを抜く。
       真っ黒なソレは、血にぬれてもまだ何処までも黒く、そして冷たい。
      「ママに構ってもらう次くらいに楽しいんだもん」
       繊細そうな白い手が、それをしっかりと握りしめる。そして、手に持った腕に向かって容赦なく振り下ろした。
       風が唸りを上げる程、その一撃は素早く、そして正確だ。一度嫌な音がする度に、元は何なのか考えたくも無い
      ような色の飛沫が飛び散り、辺りを汚す。健全な常識を持つ人間なら耐えられないような情景だ。
       そしてその中で天使の微笑みを浮かべながら、肉塊に楔を打ち込む彼の姿は、映画のワンシーンでも不可能な程
      奇妙な映像美を醸し出していた。
       びちゃともぐちゃともとれない微妙な音が、止むこと無く続く。骨が砕け、手ごたえが無くなったソレを、用済みとばかり
      に無造作に投げ捨てて、アンティエルドはフラリと立ち上がった。
       生臭い血の匂いだけが立ち込める。それから埃の匂い。鉄臭いかもしれない。それから酸っぱい胃液の匂い。
      それから・・・・・
       ピ・・・・ッチャ・・・・・ン
       ピ・・・・タ・ン・・・・・
       上の方から、液体が滴る音と共に赤い粘着質の水分が落ちてくる。足元に落ちた所為で、何かを思い出したのか
      彼はポン、と手を合わせた。忘れ物に気づいたのだ。
       馬鹿者の始末がまだ、残っていた。
       

       ママを苦しめる、消えるべき存在。
       

       話は、少し前に溯る。

 

 

       『私は人間じゃないって、何度言えば判るの。』
       『どの面ひっさげて、人間じゃない、だぁ??なぁ、一寸綺麗だからって、そんなお高い顔ばっかりしてるから
        まともな男がよってこないんだぞ。』
       『離してってば!』

       愚かさはまだ嘲笑の対象になるが、度が過ぎるのも考え物だ。
       ふわぁ、と磁場を反転させて彼は宙に飛び出す。翼の無い天使のような、そんな優雅な動き。
       透明な道を歩くように、何も無い空間を逆さに吊られたままの男に向かって歩み寄る。男の顔は、もう随分腫れて
      白目を剥いていたが、彼は気にも止めず隣にしゃがみ込む。
      「ボクが誰だか、判る?」
       男は身体を揺らした。否定の合図にも見えた。
      「じゃぁ、この顔は判るよね?」
       アンティエルドは、ふわりと微笑んだ。もうそれは男の顔では無かった・・・・・・色素は更に抜け、一歩間違えれば
      不健康にも見えるほど白い肌。暗闇の中でも光を放つような蛍光灯的な白さで、そして黄金の滝が、その顔の半分を
      隠している。空より高い蒼の瞳と、桜色の唇。しかしその顔が浮かべているのは、どこまでもどこまでも残虐な、
      子供の、笑み。
      「う・・・・・・あ・・・・ぁ・・・・・」
       歯が抜けたのか、顎の骨が逝ってしまったのか。それでも男は引きつった顔で、多分助けを求めていた。
      「さぁて、これで、判ったかな?」
      「あ・・・・・・」
       必死の形相で男は頷く。だが、もとよりアンティエルドは返事など求めては居なかった。
       返事など要らない。必要なのは、『彼女』に捧げる生贄だけ。

       綺麗な綺麗な、女神を呼ぶために必要な…犠牲もしくは人柱。

       生かすツモリなど最初から無い。報復と実用と快楽を兼ねた遊びと言えば、殺戮しか無いのだから。

      「あの人はまた、疑心暗鬼になるんだ。」
       独り言のように彼は言った。
      「そして僕を生み出したことを、後悔し始める。

       そして…

       その続きを男が聞くことは無かった…そして、と彼の、いや女の唇が呟いた時には、既に男の姿は忽然と消えうせている。
      その代わりアンティエルドの眼前には、切れたロープがぶら下ってぶらぶらと揺れていた。
       熟れたスイカを叩き割るにしては中身の詰まった音がし、そして再びの静寂。
       もう、何の音もしなかった。
       
       

       「もうすぐ、だよ。」
        もうすぐ僕がママを自由にしてあげる。苦しみからも痛みからも。

       「貴女を縛り付ける総ての柵から、開放してあげる。」

        だから、早く目を覚まして。
        
        貴女のための黒ミサがまだ足りないというなら、幾らでも捧げよう。
        苦痛と怒りと、血とオイルと硝煙を。
        冷たい無機質に、命を注ぐために。

 

 

 

 

 

 

        あとがき。
        たのしいーなー?いろいろたのしいなー?
        やっぱり随分ブランクがあったのでオチを忘れてました。無理やり付け足しました。UPしました。
        ぬるいじゃん?(笑)
        アンティーが一番グロ担当なのですが、なんか今一。もっと精進します。
        …最近自分がフェティッシュな人間に思えてくる…ウラばっか更新進むしさー??(笑)
        さっさと表、第二世代になんなくちゃいけないのに…(笑)
        ちなみに後半のBGMは、月蝕グランギニョル(カタカナ部分違うかも)でした。